東京地方裁判所 平成元年(ケ)25号 決定 1989年1月23日
債権者 日本抵当証券株式会社
代表者代表取締役 白鳥秋彦
債権者代理人弁護士 西坂信
同 北原雄二
債務者兼所有者 株式会社 菱和住販
代表者代表取締役 伊東廣美
主文
一 債権者の申立てにより、別紙被担保債権・請求債権目録一の(一)、二及び三の(一)記載の債権の弁済に充てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。
二 債権者のその余の申立ては、これを却下する。
理由
債権者は、別紙被担保債権・請求債権目録の一の(一)及び(二)のアないしヘ、二並びに三の(一)及び(二)の記載の債権の弁済に充てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始することを求めるものであるところ、その申立てのうち、別紙被担保債権・請求債権目録一の(一)、二及び三の(一)記載の債権の弁済に充てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続の開始を求める部分については、その提出にかかる抵当証券によって担保権実行の要件を満たしたものであることを認めることができるが、別紙被担保債権・請求債権目録一の(二)のアないしヘの債権については、抵当証券の記載上、いまだその弁済期が到来していないことが明らかであり、したがって、同債権及び同目録三の(二)記載の債権の弁済に充てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続の開始を求める部分は、担保権実行の要件を欠くものといえる。そして、弁済期の到来は、債権者において立証すべき事項ではないとはいうものの、競売開始申立に当たり提出された民事執行法一八一条所定の文書上、弁済期の未到来が明らかであるような場合には、その申立ては、担保権実行の要件を欠くものとして却下すべきものと解するのが相当である。
もっとも、本件申立書添付の金銭消費貸借抵当権設定契約書(写し)によれば、その二〇条において、本件債権者と本件債務者兼所有者との間において、期限の利益喪失の特約がされていることが認められる。しかし、民事執行法一八一条が、同条所定の文書(以下、「実行名義」ともいう。)の提出があった場合にのみ担保権の実行をなし得るものとし、担保権に基づく換価権の発動を実行名義の提出にかからしめているのは、競売開始決定に当たっては、実行名義によってのみ担保権の存在を推認して競売手続を開始し、それ以外に実体判断をしないこととしたものと解される。すなわち、民事執行法一八一条所定の文書は、担保権実行手続をそれのみによって始動させるべき文書であって、その機能は債務名義に近いものと評価することができる。
実行名義の機能についての以上のような理解を前提とするならば、本件について、上記金銭消費貸借抵当権設定契約書(写し)によって実行名義に記載のない期限の利益喪失の特約の存在を認め、競売開始決定をすることは、いわば、公正証書上弁済期の合意があるにもかかわらず、公正証書外において期限の利益喪失の特約がされていることの主張、立証を認めて、強制競売開始決定をするに等しいものといえ、民事執行法一八一条の法意に反するものというべきである。
また、債務者及び所有者と抵当権者との間で実体上の権利関係について実行名義に記載のない合意がされている場合において、その旨の主張があればその点についても競売開始の段階で審査するとするならば、実行名義外において、実行名義記載の利率よりも高率の利率又は損害金の合意や実行名義に記載のない利息又は遅延損害金支払いの合意が存在する旨の主張がされた場合に、その点についても審査の上、その合意が認められた場合には、実行名義外の合意に従った請求債権の弁済に充てるためにも競売開始決定をすべきことにもなりかねないであろう。
以上のとおりであるから、債権者の申立てのうち、別紙請求債権目録一の(一)、二及び三の(一)記載の債権の弁済に充てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始することを求める部分は理由があるから、その申立てによって、これを開始し、別紙物件目録記載の不動産を差し押さえることとし、その余の部分は、不適法として却下することとして主文のとおり決定する。
(裁判官 綿引万里子)
<以下省略>